生成AIを日々の仕事で使う人が増えるほど、新しい心配ごとが出てきます。社員が何気なく打ち込んだひと言が、社外のAIサービスへ、そのまま流れてしまわないか。ここが、新しい心配ごとです。たとえば、お客様の名簿を貼り付けて「この一覧を整理して」と頼む。悪気は、ありません。けれど、その名簿は、会社の外のAIへ渡ってしまう。こういう出来事が、日々の便利さの裏で、静かに起こりえます。
これに対する一つの答えが、8月5日にAnthropic社から出ました。企業向けのAI「Claude Enterprise」に、社員がAIへ送るプロンプト(指示文)を、AIモデルに届く前に、会社自身のセキュリティの窓口へ回し、許可か拒否かを判定してもらう仕組みが加わりました。名称は「推論フック」。対象は、社員が使うチャット画面だけでなく、開発で使うClaude Code、共同作業で使うClaude Coworkまで含みます。拒否と判定されたやりとりは、AIモデルに、そもそも届きません。判定は、企業がふだん使っているセキュリティ会社(Netskope・Palo Alto Networks・Proofpoint・Zscalerなど)に任せられます。自社で作った独自のシステムに任せることもできます。社員のパソコン側に、何かを入れる必要もない、といいます。
「出口」の次は「入口」の設計
これまでAIの安全な使い方というと、「AIが出した答えをどう扱うか」「重要な操作の前に人が承認するか」という、いわば出口側の話が中心でした。今回の仕組みは、その一歩手前、入口側の話です。AIに何かを頼む前に、その頼みごと自体を会社が見て、通していいかを決める。AIが賢くなるほど、守りも「答えが出た後」から「頼みごとを送る前」へ、前倒しになってきています。
なぜ、前倒しなのでしょうか。出口だけで守ろうとすると、危ない情報は、もう外のAIへ渡ったあとです。答えを止めても、渡ってしまったものは、戻せません。だから、渡す前に止める。取り返しのつかないことは、起きてから直すのではなく、起きる前に防ぐ。この考え方は、セキュリティに限らず、AIに仕事を任せるとき全般に通じます。
経営者が決めておくべきこと
ここから経営者が学べることは、一つです。AIを現場に広げるときは、「AIに何をさせるか」だけでなく、「AIに何を見せてよいか」も、先に決めておく必要がある、ということです。お客様の情報、社内の数字、まだ公表していない話。こうしたものを、誰が、どこまでAIに渡してよいのか。ルールを決めないまま使う人が増えると、便利さの裏で、誰も気づかないうちに、情報が外へ流れる隙ができます。
そして、この線を引くのは、情報システムの担当ではありません。経営者の仕事です。どの情報が、外に出ると困るのか。それを一番よく分かっているのは、会社の全体を見ている人だからです。担当者に丸投げすると、「たぶん大丈夫」の範囲が、人によってばらばらになります。経営者が、渡してよいものと、渡してはいけないものを、はっきり言葉にする。そこから、現場の安心が生まれます。
大手のように専用のシステムをすぐ入れられなくても、はじめの一歩は、重くありません。まず、紙一枚。「AIに見せてよい情報」と「見せてはいけない情報」を、線を引いて書き出す。そして、それを全員で共有する。お客様の個人情報と、未公表の数字と、契約の内容。この三つは渡さない、と決めるだけでも、事故は、ぐっと減ります。仕組みは、そのあとで足せば、いい。
任せる範囲を広げるほど、入口と出口、両方に関所が要ります。AIを増やす前に、この二つの関所を、先に用意しておく。これが、これから静かに、差になっていくと考えています。
出典: Anthropic「Inference hooks: inline data loss prevention for Claude Enterprise」(2026年8月5日発表・Claude Enterprise/Claude Code/Claude Coworkが対象、連携先にNetskope・Palo Alto Networks・Proofpoint・Zscalerを明記)https://claude.com/blog/claude-enterprise-inference-hooks /報道: Unite.AI(2026年8月5日)